オランダ留学記とその後

2017年9月まで、オランダのグローニンゲン大学(RUG)へ留学していました。

オランダの政治について(1)

かなり久しぶりの更新です。この2か月間かなり勉強がしんどくて、ゆっくりブログを書く時間がなかなか取れませんでした。これを書いている今もすごく忙しいですが、オランダの選挙が終わった直前でオランダ人の友達や教授から聞いた話を書き残しておこうと思い急いで書きました。といってもうまくまとめきれなかったので、「オランダ政治について(1)」ということで、とりあえず公開しておきます。

政治好きなオランダ人

オランダ人は政治の話が好きだ。それはもちろん、僕の周りにいるオランダ人の友達が国際政治を専攻しているからだともいえるし、よくお話しするオランダ人の教授たちが政治学を教えているからだともいえる。でも、やっぱり日本と比べて圧倒的に関心が高いように感じる。

日本だと政治談議はなんとなく忌避されるし、避けたほうがいい話題として考えられてるのは間違いないだろう。僕は日本でもよく友達と政治について話していたが、オランダほどフランクに話せるような環境にはなかったかもしれないと思う。

他のヨーロッパの国に留学していたあるオランダ人の友達は、その国ではあまり政治談議ができずフラストレーションが溜まったそうで、オランダに帰国するなり政治の話を友達としたそうだ。政治の話がしたくてたまらなかったらしい。

オランダ人の友人たちを見ていると、授業前後に喧々諤々の政治談議をしている。「誰に投票したのか」もあまり隠さない雰囲気だ。どこの党の政策がどうだとか突っ込んだ話もしている。それこそ、米大統領選後の授業では騒然とした雰囲気のなか1時間まるまるトランプの話をした。皆が衝撃を受けていて、話さずにはいられないという感じだった。僕が「日本ではこういう議論がされている」と少し紹介すると身を乗り出して聞いてくれた。やはり関心の高さを感じた。

オランダの選挙が注目された理由:ポピュリズム台頭の試金石

去る3月半ば、オランダで総選挙が行われた。今回の選挙は世界から注目されていた。理由は簡単で、「ヨーロッパでポピュリズムが台頭するのか?」の試金石とされていたからだ。

去年、英国がEUから離脱するいわゆるブレグジットがあった。そしてもちろん、アメリカ大統領選では反移民・反エスタブリッシュメント・反ポリティカルコレクトネス…等々、既成政治からは全く異端の政策を掲げた大富豪ドナルド・トランプが当選した。

英米におけるこれらの政治現象は「ポピュリズムの台頭」と言われた。

そして、その風潮が伝播するように、ヨーロッパ各地での世論調査では反移民・反EU政策を掲げたポピュリズム政党の躍進が報告された。

2017年はオランダ(3月)、フランス(大統領選4月、議会選挙6月)、ドイツ(連邦議会選挙8月~10月)で選挙がある。2017年のヨーロッパにおける議会選挙の一発目がオランダで行われた。そのため、「ポピュリズムが台頭するのか?」の第一回目のテストのように目されていた。

自由党党首・ウィルダース

このような背景に加えて、自由党を率いたヘルト・ウィルダースが注目されていた。彼は反イスラムの主張を掲げ、「コーラン禁止」や「モスクの閉鎖」を唱えていた。選挙前に行われた世論調査ではトップ争いを演じており、選挙で勝った暁には「英国のようにEU離脱を問う国民投票に持ち込みたい」と息巻いていた。以下にウィルダースのインタビューを引用する。主張の是非は措くが、反イスラムと反移民感情の雰囲気をよく伝えているだろう。

毎日仕事に出かけ、あるいは子育てに追われる「普通の人々」の声を、古い政治は代表できなくなっています。いま世界で起きているのは「愛国の春」。人々はもはや、EUのように国家を超えた存在を欲してはいません。

オランダを含む欧州の国々では緊縮政策で年金や公的医療が削られ、ギリシャに何十億ユーロもローンを提供している。その一方で、域外からも価値観の異なる大量の移民が流れ込む。人々は国家のアイデンティティーや主権が損なわれているだけでなく、日々の安全が脅かされていると感じています。

私たちが移民に厳しいのは二つ理由があります。一つは移民があまり働かず、経済に貢献していないということ。イスラム圏などから来る移民に、オランダの納税者は毎年72億ユーロ(約8200億円)使わなければならないという調査がある。もう一つは、人々に自由を認めないイスラムは、オランダの価値観と相いれないということです。

右翼とか左翼とかは古い政治の言葉です。私の党は、移民政策や文化的には右派に見えるかもしれません。一方で、公的医療を充実させ、年金を守り、高齢者福祉を拡大すべきだという左派的な主張もあります。普通の人のための政策です。

私はポピュリストだと言われます。ネガティブな含みのある言葉ですが、もしその言葉が人々の抱える深刻な問題に耳を傾けていることを指すなら、私はそれを侮辱だとは思いません。

自由貿易に私は賛成だし、グローバル化が悪いとはいわない。ただ、貿易協定はEUではなくて、国ごとの政府の意思で結ばれるべきです。私たちは自分の国を取り戻さなければなりません。

[Part2]格差縮めてもダメ?/オランダ -- 行き詰まる政策 -- 朝日新聞GLOBE

「その調査は正確か?」とか「普通の人ってだれだ?」とかいろいろ疑問がわいてくる。ポピュリストと呼ばれることを必ずしも否定的に感じていない点や、多国間ではなく二国間での関係を好む面なども興味深い。

ただ、このインタビューでで特に注目されるのは「オランダの価値観と相いれない」から移民は受け入れられないという主張が展開されていることだ。ここでいう「オランダの価値観」とは、同性婚が合法化され、大麻、売春、安楽死も合法化されている価値観のことをいうのだろう。いわば「超リベラル」な価値観であるが、その「リベラルな価値観に沿わないから移民を排斥する」というロジックである。

啓蒙主義的排外主義」

この主張に関して、オランダ政治史を専門とする水島治郎は「啓蒙主義的排外主義」と呼んでいた(http://www.tbsradio.jp/128852)。単なる移民排斥ではないところが難しい。以下の引用文を読むと、なぜリベラルなオランダで移民排斥の主張が受け入れられたか理解できるだろう。

外国人排除や移民批判といえば、オランダの政策転換は、いわゆる排外主義から来る暴力的なものをイメージしがちですが、そういうのでもないのです。いまのオランダの反移民政党制度は、良くも悪くもクリーンなところがありで、だからこそ問題でもあります。

つまり、彼らはデモクラシーを否定するわけではない。彼らの主張はこうです。「ヨーロッパの培ってきた啓蒙主義的な価値や民主主義、人権を守るべきある。しかし、これを脅かすのがイスラムだ。彼らは政教分離を認めない。男尊女卑で女性にスカーフを強いる。同性愛の権利を認めない。こんなイスラムを認めていいのか」。これにはネオナチに対して「冗談ではない」と反対していた人も頷いてしまう。

これが現在浮上しているヨーロッパのポピュリズムや既成政党の反移民的スタンスの背景にあります。それが怖いところであり手強いところなのは、中道的な政党は既にこういった主張を事実上ほとんど共有しているからです。

#317 オランダの光と影:寛容と排除は何によってもたらされたか? - 水島 治郎さん(千葉大学法経学部教授) | mammo.tv

ヨーロッパの培ってきた啓蒙主義的な価値や民主主義、人権」。これら「リベラルな価値観」の根源には「寛容の精神」がある。この観点からイスラムの主張を見ると、それは「不寛容」なものに映ってしまう。では、「不寛容であるイスラム」に対して、「寛容」であるべきか「不寛容」であるべきか。「不寛容な価値観」を許してしまうと、自らの「リベラルな価値観」を揺るがしかねない。「不寛容」に対しては「不寛容」、つまり「不寛容なイスラム」を排斥する。このようなロジックだと思います。

 

選挙結果は…

では、今回のオランダ総選挙の結果はどのようなものだったのだろうか。

以下が選挙結果である。

オランダ総選挙(定数150)の投開票が15日、行われた。出口調査によると、ルッテ首相率いる中道右派自由民主党が31議席現有議席40)を獲得し、第1党を維持する見通しとなった。反移民や反欧州連合(EU)を掲げ、世論調査で一時は首位だった右翼自由党(同15)は他の2党と並ぶ19議席だった。

 自由党ウィルダース党首は「オランダのトランプ」と呼ばれ、「自国第一主義」を掲げる。今回の総選挙は、ポピュリスト政党の躍進が予想される仏大統領選や独総選挙の行方を占う試金石とされていた。

 投票率は前回2012年の74・6%を上回る81%。公共放送NOSが15日午後9時半に発表した出口調査によると、自民党と連立を組む労働党は9議席(同35)にとどまり、惨敗の見通しだ。キリスト教民主勢力(同13)と民主66(同12)がともに自由党と並ぶ19議席を得た。(ハーグ=吉田美智子)

オランダ総選挙、右翼政党首位届かず 与党が第一党維持:朝日新聞デジタル

結果的に、自由党が第一党を獲得することはなかった。他党は「自由党とは連立を組まない」と明言しており、連立内閣に入ることはないだろう。自由党以外の各党がこれから連立協議を本格化させるようだ。

 

ちなみに、オランダの選挙制度は完全比例代表制であり、とくに近年は多党乱立の傾向にあるという。

ワンイシューを掲げた小政党もいくつかあり、例えば「動物党(Party for animals)」は5議席(全150議席)を獲得していた。完全比例代表制のオランダでは、動物党にも政権入りのチャンスが十分にあり、そうなれば動物の権利保護が進むかもしれない。

次回予告

オランダの選挙についてのフォーリンアフェアーズの記事を読んだ。

What Is the Future of Dutch Democracy? | Foreign Affairs

この記事はとてもよくまとまっていた。オランダ人の友達に読んでもらったが、とても好評で「送ってくれてありがとう」と感謝されたものだ。

ただ、リンク先の元記事を読むには有料の会員登録が必要なので、次回はこの記事の内容を紹介したいと思います。そして、友達や教授との会話を思い出しながらもう少しきちんとまとめたいです。

 

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